なにかと話題のこの1冊。読んでみました。
 
職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング
2015-09-10


結論から言いますと、大変面白ったです。
 
ちなみに「なにかと話題」とはこの1件について。

紀伊国屋書店、村上春樹氏の新刊「買い占め」 :日本経済新聞

紀伊国屋の意図としては「Amazonにものが行かないように買い占めた」「取次を当たり前に中抜きする未来を暗示する」の2点に集約されるのでしょうか。後者はともかく前者は、言葉だけ聞けば完全に読者不在の考え方でなんだかなあ…と思ってしまいます。て言うかいまアマゾンで普通に注文できるようになっとるやん(↑)。

すみません、ちょっと脱線でしたね。書評とまでは言えませんが、以下にあらすじ(?)、概要、感想を記しました。

■概要

本作は、下記の13章に分かれた構成になってました。

第一回 小説家は寛容な人種なのか

第二回 小説家になった頃

第三回 文学賞について

第四回 オリジナリティーについて

第五回 さて、何を書けばいいのか?

第六回 時間を味方につける──長編小説を書くこと

第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み

第八回 学校について

第九回 どんな人物を登場させようか?

第十回 誰のために書くのか?

第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア

第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

あとがき 

1章~6章はスイッチパブリッシング刊の『Monkey』なる文芸誌で連載されていたコラムを、7章~11章は本書のための書き下ろし、12章は河合隼雄氏に関する講演会の原稿を掲載した形なんだそうです。というわけで全てをこの1冊に書き下ろしたわけではない模様。です。

実際、読んでみると前半6章は本書のタイトルの通り、村上氏が自身が小説を書く上で考えていることをつらつらと書いてらっしゃって、後半はそのタイトルに縛られず、例えば「教育」とかいろんなテーマを持ち出して書くことについて語る形になってました。

・・・といったことを踏まえて、以下に印象に残ったところを書き記してみます。



■村上春樹はガチで海外にて評価されているらしい


 すみません。ここは単純に僕の知識が薄いだけだったんですが。村上春樹って、ほんとに海外で評価されてるんですね。確かに過去ヨーロッパへ旅行に行ったときに現地の書店で『1Q84』が平積みされてるのを見たことはありましたが(ちなみにその書店で平積みされてる日本人作家の小説はそれだけでした)こんなにガチだったとは。

第11章にて、村上春樹が海外で評価されるまでの道のりが書かれていました。要約すると

・火がついたのはアメリカ、そこから海外各所に広がっていった
・きっかけはあるアメリカ人翻訳家が、氏の短編を自主的に翻訳していたこと
・村上春樹自身がアメリカの出版社に営業をかけ、「ニューヨーカー」誌掲載に結びつけた
・バブルに熱狂する日本に嫌気がさしたこと、自身の作品への日本での批判があまり納得できるものではなかったことが、氏をアメリカでの営業活動に駆り立てた

とのこと。で、アメリカで火がついたことをきっかけにアジア、東欧、中央西欧へと広がっていったんだそうです。

村上春樹曰く、旧ソ連、西ドイツ東ドイツなど政情が不安定、国家の仕組みそのものが大きく変わろうとしていた国で評価が上って行った、とのこと。(それはさすがにあんまり関係ないのでは…?)なんて思いながら読んでましたが、とにかく氏が海外でどうやって評価されるに至ったかがこうやってまとまっている本ってあんまりないのではないかと思うので、ここだけでも読む価値あるかと思います。


■村上春樹の文章 何が魅力で、何がアンチを増やすのか、少し分かった気がした

第4章にこんな記述がありました。

『風の歌を聴け』を書いて、それが「群像」の新人賞を取ったとき、僕が当時経営していた店を、高校時代の同級生が訪ねてきて、「あれくらいのものでよければ、おれにだって書ける」と言って帰っていきました。
この感覚、村上春樹の小説を読んでいて、感じたことありませんか?氏の小説は、文章が平易で、わかりやすいが故に、「中身がない」といった批判を受けることが多々あるんじゃないかと思います。実際、「それが嫌で村上春樹は嫌い」と言う友人が僕の周りにも少なからずいました。

この「春樹作品スカスカ問題」に対する明確な答えが、この本には掲載されていた、と僕は思いました。それが僕が本書をおすすめする一番の理由です。それはなにか。

本書の中の言葉を用いるなら、彼の文章は「引き算」の文章だからです。

第2章「小説家になった頃」に書いてあったんですが、氏は初めて小説を書くことになった時、頭の中で抱いている複雑な思いを文章化することができずに悩んだ挙句、一度自分の小説を全て英語で書き、それを日本語に翻訳し直すことにしたんだそうです。このやり方がうまくいき、氏は自分の文章の書き方を確立していったんだそうです。
内容をできるだけシンプルな言葉で言い換え、意図をわかりやすくパラフレーズし、描写から余分な贅肉をそぎ落とし、全体をコンパクトな携帯にして、制限ある容れ物に入れる段取りをつけていく(中略)そうやって苦労しながら文章を書き進めているうちに、だんだんそこに僕なりの文章のリズムみたいなものが生まれてきました。
このような手法を用いているが故に、あの村上春樹の「あまりに簡単でわかりやすすぎる(と感じる)文章」が生み出されているわけなんです。だからその春樹氏の同級生が言う「俺にも書ける」といった感覚を場合によっては抱いてしまう、と。でも春樹氏は、そんな「引き算」の文章こそ書くのが難しいんだよ、と説きます。
今にして思えば、彼の言うところの「あれくらいのもの」は、小説家を志す人間にとっては、かえって書きにくいものだったかもしれない。そういう気がします。頭の中から「なくてもいい」コンテンツを片端から放り出して、ものごとを「引き算」的に単純化し簡略化していくというのは、頭で考えるほど、口で言うほど簡単にはできないことだったのかもしれません。
「彼」とは例の同級生のことです。
自分のオリジナルな文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりはむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです。考えてみれば、僕らは生きていく過程であまりにも多くのものごとを抱え込んでしまっているようです。(中略)とすれば、とりあえず必要のないコンテンツをゴミ箱に放り込んで、情報系統をすっきりさせてしまえば、頭の中はもっと自由に行き来できるようになるはずです。
この「自分から何かをマイナスしていく」という発想。大事です。この間読んだビジネス書を思い出しました。この考え方は小説に限らず、いろいろ応用できるんじゃないかなあ。ちなみにそのビジネス書はこれ。


エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする
グレッグ・マキューン
かんき出版
2014-12-12



■ 「羊をめぐる冒険」はやはり転機の作品だったらしい

申し遅れましたが、僕の村上春樹読書歴はこんなかんじです。

・『海辺のカフカ』(←おすすめ)
初めて読んだ春樹作品。確か高校生のとき図書館で借りて読んだ。 
・『ノルウェイの森』
「カフカ」が面白かったので読んだらわけわからなくてがっかりした(これも高校生の時)。
・『アフターダーク』
大学生時代。春樹好きの友人に勧められて読んだが、やはりわけわからず。でも「ノルウェイ」程のモヤモヤはなく、なんか印象に残る内容だった。
・『1Q84』(←おすすめ)
これがめちゃめちゃ面白かった。僕が春樹作品を巡っていくきっかけになった。
・『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』
春樹氏の作品を頭からたどろうと思い、ブックオフで買って読む。よくわからず。ブックオフで売る。
・『羊を巡る冒険』(←おすすめ)
めちゃくちゃ面白い。未だ春樹作品好きなやつランキング2位(1位は1Q84)。
・『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『国境の南、太陽の西』
前者は強烈に面白かったのを覚えている。後者はあんまりおぼえてない……。
・『ねじまき鳥クロニクル』(←おすすめ)
面白い、というよりは「なんじゃこりゃ」というかんじ。ただスポット的にいくつかのシーン、章が頭を離れない。








中でも印象深いのが、「羊を巡る冒険」 で。たしかその前の2作品って、今や春樹作品の最大の特徴の一つである「謎&謎の現代ファンタジー」感が皆無なのに、この作品から急にそういうかんじになって(正直「ピンボール」とか読んでて眠かった記憶しかない)。

だからあれを読んだとき、僕は「よっぽど村上春樹なにかあったんだなあ」なんて想像してたんです。


・・・ということを踏まえて本書10章「誰のために書くのか」を読むと、そのあたりが明らかになる仕様となっておりまして。

そもそも本章では、村上春樹が、「こんな読者を想定して小説を書いている」「誰かのために小説を書いている」 といった感覚はない、と断言するところから始まり、その上で、強いて言うなら「自分のために書いている」とも述べています。
とりわけ最初の小説『風の歌を聴け』を夜中に台所のテーブルで書いているとき、それが一般読者の目に触れることになるなんて、まったく思いもしませんでしたから(本当に)、僕はおおむねのところ、自分が「気持ちよくなる」ことだけを意識して小説を書きました。
でもそんな姿勢をある程度崩さざるをえなくなってしまった時期があったんだそうで。それが『羊をめぐる冒険』を書きだした頃だったんだそうです。曰く、そのままいくと「職業作家として、たぶんどこかで袋小路にはまり込んでしまうだろう」と感じていた、と。
(ちなみに氏は、『羊をめぐる冒険』以前の作品は、自分ががっちりした長編小説を書く技術を持ち合わせていたかったため、いわば「すかす」ような書き方をした小説だ、とまで言っていてなかなか笑えます)

で、具体的にどういう姿勢に転向していったのか…といったところはぜひ本書を読んで確認していただきたいです(P247らへんに書いてます)。ただ一言で言うと、それまでの「自分のため」に書いていたスタイルを崩さず、正面突破な「小説」を書くことを意識した、的なことが書いてあります。


■まとめ

はい、というわけで、この『職業としての小説家』はたいへんおすすめな作品です。もちろん、僕が取り上げた上記のテーマ以外にも多々読み応えのある個所がございます。

僕みたいに上澄みだけさらった春樹好きの方はもちろん、ガチ勢の方々、そして何よりアンチ村上春樹の方こそ新たな発見があって面白いのではないでしょうか。

アマゾンでも買えますからね。

僕はこれを機に春樹作品のまだ触ってないところも手を出したいなと思いました。

風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
2004-09-15