先日発表された第回芥川賞にて、お笑いコンビ、ピースの又吉直樹さんが執筆した小説『火花』の受賞がこの賞を獲得したことが話題を集めています。

又吉さんの芥川賞受賞作「火花」が144万部 電子書籍でも異例の売れ行き - 産経ニュース

 
その翌日から、TV番組、ワイドショーいずれもこの件を取り上げ、翌々日のTV番組『情熱大陸』では又吉さん特集が組まれるなど、世間での注目度はハンパじゃないです。

で、実際僕も書店に足を運んでみたんですがその売れ行きは相当なものらしく、話題書棚、新刊棚、文芸書棚、特設フェア台、どこをみても商品はなく完売している、といった状態でした。他の数店舗も同様。本格的な品薄状態となっていました。

火花
又吉 直樹
文藝春秋
2015-03-11

火花 (文春e-book)
又吉直樹
文藝春秋
2015-06-11



■読んでみた

 じゃあ実際この『火花』、面白いんでしょうか。と、思って読んでみました。買った書店は秋葉原駅のブックエキスプレス。京浜東北・山手線と総武線の連絡通路にあるめちゃめちゃ小さい本屋です。

例年の芥川賞受賞と同じく、全148ページと、全体のボリュームは少なめ。本を読みなれている方なら1時間ちょっとで読めてしまうのではないでしょうか(僕は2時間ちょっとくらいかけてじっくり読みました)。

■あらすじ 概要

まずは発行元の文藝春秋の特設サイトに掲載されているあらすじを引用しておきます(ていうか有名な人の書評とか解説とかこのサイトにすごいたくさんあるので、ちゃんとしたのを読みたい方はそっちを読んでください)。 

『火花』又吉直樹 | 単行本 - 文藝春秋BOOKS


売れない芸人の徳永は、熱海の花火大会で、先輩芸人である神谷と電撃的に出会い、「弟子にして下さい」と申し出た。神谷は天才肌でまた人間味が豊かな人物。「いいよ」という答えの条件は「俺の伝記を書く」こと。神谷も徳永に心を開き、2人は頻繁に会って、神谷は徳永に笑いの哲学を伝授しようとする。吉祥寺の街を歩きまわる2人はさまざまな人間と触れ合うのだったが、やがて2人の歩む道は異なっていく。徳永は少しずつ売れていき、神谷は少しずつ損なわれていくのだった。お笑いの世界の周辺で生きる女性たちや、芸人の世界の厳しさも描きながら、驚くべきストーリー展開を見せる。

まさにこの文章の通り、芸人を志す若者である主人公が師匠的な人と出会い、絆を深めるが、やがて道が分かれていく、といったストーリーです。
(最後の一節「驚くべきストーリー展開を見せる」。これはいったいどの部分を指しているのかは正直言ってよくわからないですね…どなたかわかる方いらっしゃったら教えて下さい)

ただおそらくその物語の流れそのものは主題ではなくて、二人のやりとりや主人公の語り、その周囲の人たちを描くことで、お笑いに、あるいは表現することで生きることの厳しさ、苦しさ、美しさを表現していて、そのあたりの内容・表現がかなり読ませるところがありました。


■感想 書評

で、こっからが感想です。

・おもしろかった

そう。面白かったです。史上初の芸人さんの芥川賞受賞ということで、当然のことながら「やらせじゃないか」とか「ただの話題作りじゃないか」とか、いろんなことが言われてますが、そのあたりのバイアスなしに読んでも、大変面白いと感じました(やらせなのかどうなのかといった議論はここでは無用だと思いますので省きます)。

純文学なんてほとんど読んだことないですし、そのあたりは本当にずぶの素人な私ですが(むしろ純文学を語る玄人なんてほとんどいないと思ってます)、これまでに読んだ芥川賞受賞作の 『共喰い』『苦役列車』など(この2点も著者のキャラによる受賞では、とか言われてましたが)と比べても、表現力文章力、ストーリー展開、主題性すべてにおいて全く劣っていないと感じました。むしろテーマが「お笑い」という身近なものであるが故に親しみやすい、が故に読みやすいですし。


・表現力?描写力?が秀逸

まず驚いたのはこの点。描写が大変秀逸でした。特に印象に残っているのが、冒頭の花火大会のシーン。主人公と師匠の出会いを描いた箇所です。二人がそれぞれ全く冴えないお笑いライブをやった後にこんな一節があるんです。 

沿道から夜空を見上げる人達の顔は、赤や青や緑など様々な色に光ったので、彼等を照らす本体が気になり、二度目の爆音が鳴った時、思わず後ろを振り返ると、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いて、残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。自然に沸き起こった歓声が終るのを待たず、今度は巨大な柳のような花火が暗闇に垂れ、細かい無数の火花が捻じれながら夜を灯し海に落ちて行くと、一際大きな歓声が上がった。

ほんの一節を抜き取っただけなのであまり伝わらないかもしれませんが、冒頭のこのあたりは、主人公たちの心情とは対比的に、本当に美しくそのシーンの情景を描いています。この章以降ずっとこんな派手なシーンはないので目立ちませんが、この数ページを読むと、又吉直樹さんの芥川賞作家っぷりをうかがい知ることができるはずです。

・太宰イズムと又吉イズム

これがこの作品の最も大きな特徴と言えるでしょう。

基本的にこの作品は暗いお話です。あらすじの通り、冒頭で全く売れない芸人だった主人公は徐々に売れ始めてはきますが、最初から最後までずっと、主人公は苦しみ、悩み続けます。そんな主人公と対比的に、終始明るくはしているけれど、全く売れない、借金をつくる、好きな女に捨てられる、と状況はひたすらに絶望的な師匠の神谷。この二人を並べて、お笑い論を深~く語らせる。

いかがでしょうか。暗いですね。

太宰さんの暗い、暗い超マイナス思考と又吉さんのお笑い思考をミックスして純文学に昇華させた、と。これがこの作品の肝であり、最も注目して読むべきところではないかと思うのです。

・本筋と関係ないところも読ませる

これは個人的に強くおすすめしたいところです。この作品には、というかすぐれた文学作品はそうだと思うのですが、ストーリー上は枝葉となる部分、本筋と関係ないけれども非常に強烈なインパクトを読み手に与えるシーンがあるのです。

この作品では、主人公の姉に母がピアノを買い与えるシーン、主人公が芸人を引退するシーンがそれにあたるのではないかと思います。こちらはぜひ本作を実際に読んでご確認ください。

■まとめ

ということで、この『火花』。

そもそも暗い話が苦手だ、とかお笑いが嫌いだ、とか純文学を読む気がしない、とか話題性のある本は読みたくない、といった傾向の無い方が読めば間違いなく、それなりに感じ入られる作品ではあったと思います。

もちろん他にもこのレベルで良い作品はこの世にたくさんあって、ここまでバカ売れする作品か?と言われるとなんとも言えないところはあります。

が、少なくともこういった純文学が多くの方々が読まれるのは大変いいことだと思いますので、ぜひとも又吉先生には引き続き頑張っていただきたいと思った次第です。 

火花 (文春e-book)
又吉直樹
文藝春秋
2015-06-11