こんな記事を読みました。

Bボーイじゃない私が好きだった日本語ラップ16曲プラス1 - Devil’s Own −残骸Calling2− 

 East End、キングギドラ、ライムスター、Rip、Steady&Co.、アルファ……
貼られている各動画を順繰りに観ているうちに、懐かしくて泣きそうになりました。
LIVE at 武道CAN [DVD]LIVE at 武道CAN [DVD]
KICK THE CAN CREW,RHYMESTER

ワーナーミュージック・ジャパン
売り上げランキング : 65815

Amazonで詳しく見る by AZlink

各記事で度々書いていますように、 僕がちょっとだけアンダーグラウンドなバンドの音楽、いわゆる「ロキノン系」を聴くようになったのは高校生の頃。
じゃあそれまでは大塚愛とかオレンジレンジとかI WiSHとかロードオブメジャーとかポルノグラフティとかラルクとかはなわの佐賀県しか聴いてなかったのかと言えばそんなことはなくて(全部聴いてたけど)、実は「ロキノン系」に飛び込む以前、中学生の頃に、日本語ラップの世界に強烈にのめり込んだ時期があるんですよ。

きっかけはTOKYO FMでやっていたワイド番組MOTHER MUSIC RECORDS。 
中学2年生の僕は、ケツメイシ、ライムスター、m-floといった日本語ラップ界を代表するグループがMCを務めていたこの番組を、 何がきっかけであったかは完全に忘れてしまいましたが、毎週毎週ラジオにかじりついて聴いていました。
特に影響を受けたのはライムスターの番組でしょうか。基本的にアホなトークを軸に番組を進めるんですが、MCの宇多丸氏が、めちゃくちゃ丁寧に国内外のヒップホップの歴史やヒップホップの聴き方、聴きどころを講義してくれることが多々ありまして。これが中学生の僕にはたいへん刺激的だったんです。「そうか音楽ってここまで考えて作られているものなんだ」と。

じゃあなんでそのまま僕が日本語ラップの世界にのめり込まず、今「思い出」として語っているのか。

理由は二つあって、ひとつは「これを共有できる友達がいなかったから」。学校の友達と話すのはいつもテレビやゲーム、マンガの話ばかり。クラスのイケてるグループや女子たちと話すためには「あいのり」の恋愛事情にどれだけ精通し、彼らの精神に共感できるかが重要だったんです。そして僕は「お前らとは違うんだよ僕は」と彼らを突き放し、好きなものにのめり込めるタイプではなかった。

二つ目は上記事で言われていることと全く同じ。
しかし、日本語ラップバブルの状況はもちろん長続きしませんでした。日本ヒップホップ界の重鎮、というより日本語ラップの成立じたいに関わった伝説のグループ、キングギドラがDragon Ash、Rip Slyme、Kick The Can Crewら「セルアウト組」をディスった『公開処刑』をリリース。名指しで批判された降谷はかなりのショックを受け、目に見えて創作ペースがダウンしてしまった。(中略)じっさい私のまわりにも中学のころはあんなに聞いていたDragon Ashを「公開処刑」以降は急にハイプ呼ばわりする人たちも出てきました。私はこのころから「なんかヒップホップってめんどくさいなあ」とおもい始めて、急速に同時代の日本語ラップへの興味を失ってしまいました。
(上記事より引用)
そうなんです。この「ディス」文化が、僕にはどうも受け付けなかった。 
僕が中学生であった当時は、キングギドラの「最終兵器」リリースの約2年後であり、RIP SLYMEやKick The Can Crew、Dragon Ashの全盛期。当然僕もこの2グループは大好きでよく聴いていました。そして宇多丸師匠の講義でヒップホップの歴史を辿っていけば、必然的にキングギドラの「最終兵器」にはたどり着く。
想像してみて下さい。音楽の良し悪しなんててんでわからない中二の僕がこの4グループを重ねて聴いたときの混乱を。


公開処刑 キングギドラ

もちろんこのディスりディスられは国内外問わず、ヒップホップにおいてはひとつの文化であることくらいは理解はしておりましたよ。でもそれをどう受け取るかってのはまた別の話で……。
自分の愛聴する曲の数々を作るMCを、ヒップホップ黎明期から活動する神様レベルの重鎮が名指しで批判されている。もうなにがなんだか…俺の耳はおかしいのか…?
この悩みを相談する友人もいなかった僕は、リップやキングギドラ、キックのCDをブックオフに売り、 これらの曲が入ったMDも捨ててしまいました。

日本語ヒップホップは、こうして僕の下から離れて行ったのです。




……そして時は流れ、2011年。

大学生となった僕は、大阪最大のライブハウス、ZEPP OSAKAの2階席にいました。僕の大好きなバンド、10-FEETのライブ を観るためです。

ここで僕は、思い出の日本語ラップと思わぬ再会を果たします。なんとこのライブの対バン相手として、10-FEETはあのライムスターを選んだのです。
何か月も前にチケットをとり、予習に予習を重ね、ずっと楽しみにしていたこのライブ。その対バン相手があのライムスター。このことが発表された時、僕は鳥肌が立ちました。

参考記事: 10-FEET ―「凡人」に贈る。優しくて実直な唯一無二のメロコアバンド―

ライムスターのライブは本当にかっこよかったです。
宇多丸、Mummy-D両氏のマイクパフォーマンスにDJ JINのDJプレイ。曲のクオリティもさることながら、ライブでの彼らの姿勢が本当に素晴らしい。
「ここにいるほとんどの人、僕らのこと知らないでしょ?」「日本語ラップとかダセぇとか思ってる人いるんでしょ?」
「まあどうせ観なきゃいけないんだからさ。せっかくだから聴いてってよ」「今からこのDJ JINって人がDJのミックスっていうのするから。これはけっこうすごいよ」
と、僕が中学生だった頃のように、変わらず「講義」するんですよ。

そんなライムスターが、そのライブのド頭でやったこの曲。
なんと心に響いたことか。


ONCE AGAIN

「風はまた吹く 気づかないかざしな人差し指を
陽はまた昇るゆっくりと 決して立てるな己にその中指を」

このライブ本チャンで、10-FEETのTAKUMA氏が言ってました。「自分たちの音楽は、パンク、ロック、メタル、ヒップホップと、いろんな音楽に影響を受けてできている。ライムスターはまさにそんなグループのひとつ。ライムスターの『リスペクト』とファイナルファンタジーだけが人生の全てだった時期があった」みたいなことを。

このライブで、そんないろいろが全てつながったのでした。




……ってなことを上記事読んで、動画観て思い出しました。今聴いても、あの辺の人たちの曲って文句なくかっこいいですよね。ああやってかっこいい言葉を選んで韻踏んでそれをつないでかっこいん音楽にするって、たぶん僕らが思ってる以上に難しいですよね。

この文化があったから引き継がれているからこそ、10-FEETのようなミクスチャーバンドが生まれたわけですから。食わず嫌いしている人がいたら、いっぺん聴いてみた方がいいと思います。