こんな記事が方々で話題になっとります。
東京編集キュレーターズ : ナタリーがニッチ分野で成長し続ける理由、全部聞きました。


ポップカルチャー配信サイト「ナタリー」のコミック部門で編集長をされている唐木元氏へのインタビュー形式の対談です。メディア、編集、音楽、いろんな分野につながる良記事でございました。大変面白かったです。

いろんなお話をなさってたんですが、その中のいくつかが、非常にROCKIN'ON JAPANの立ち位置というか、現在の音楽シーンにおいてどんな役割を果たしているのか、または害悪となっているのかって話につながるなあと感じまして。

僕はこのブログの1本目の記事において、「ロキノン系」とはなんだろう、いいものなのか悪いものなのか、みたいなことを書いてます。
はじめに ―「ロキノン系」って、良いよ―

結局結論は変わらないんですが、ちょっといくつかお言葉を引用させてもらって、このテーマについて再度考えてみようと思います。

  • 雑誌と広告の関係性
しつこいようですが、この記事で、唐木氏はほんとにいろんな話をされてました。ほんとROCKIN'ON JAPANがどうとかそんなテーマに絞って文を書くのがもったいないほどに。
で、中でも唐木氏が、自身のアパレル雑誌編集者時代の経験を踏まえてこんなことをおっしゃっているのが非常に印象的でありました。
唐木:純広やタイアップでお金をたくさん落としてくれたブランドがあるとするでしょ? そうすると、こう、編集者に有形無形のプレッシャーが降り掛かってくるんですよ。「あそこ毎号入れてくれてるからひとつは使わなきゃな」みたいな。そして広告主も、その効果を見越して広告を入れてくれる節もあって。というか、大いにあって。
雑誌の内容が掲載されている広告と無関係でいられるか、という話です。いやー、こういう話ってなんとなく想像はしててもここまでぶっちゃけた話を中の人がしてるのって初めて見た気がします。
僕たち読者は、そんなこと気にも留めてませんでしたが、そりゃあそうですよね。例えばファッション誌で言えば、記事を掲載している雑誌を「発行するためのお金」は広告で成り立っている。ってことは、極端な話、雑誌に対してお金を積んで広告を掲載できるブランドであればあるほど記事で取り上げられる確率が上がる。ここが全く分断されるなんてことはあり得ないのでしょう。

で、これを読んで思い出したのが、音楽評論家の鹿野淳氏がROCKIN'ON JAPANの編集長として受けていたインタビュー記事。ここで氏は、まさに上記のような話に触れていました。
鹿野:広告も、ま、インタビューしに行ったりとか、いろんなスタッフが自分らで「我々は頑張っていい記事作りますのでお恵みをっ!」みたいな…はい。自分らでやってますね。
(中略)
広告っていうのは僕らにとって非常に意味のあるものだし、雑誌を続けていくための、どうしてももらわなくちゃいけないもので、それはそれできちんと皆様に頭を下げてお願いしながら、今のところすごくいろんな方から広告をいただいておりますので、雑誌は順調に進んでいるんですけど。
ROCKIN'ON JAPANという雑誌は広告なしには成立し得ない。だから記事執筆の前提として広告掲載があるって話をしてらっしゃいます。
確かにこのROCKIN'ON JAPAN。派手で綺麗なアーティストのブロマイドっぽい写真が記事と並んでるのが特徴的ですが、それと同じくらいの広告がばんばん挟み込まれてるのもよく目に入ります。
これが時に、「ロキノンは、金積んで広告出さないと取材してもらえない雑誌」と言われる所以となっているようですね。っていうか、実際その通りなんでしょう。

「ナタリー」立ち上げメンバーの一人であり、「ロキノン嫌い」を公言しているメディアアクティビストの津田大介氏も、そんな話をされておりました。
僕はとにかく「ロッキンオン」が大嫌い。「ロッキンオンは諸悪の根源」と公言しているので書いてもらって全然かまいません。広告をバーターで記事掲載の前提みたいにしている一方で、音楽ジャーナリズムを標榜する姿勢が僕は大嫌いなんです。
 
音楽業界が衰退しているのを目の当たり にしている時に、音楽メディアの責任ってものすごく大きいと思うんですよ。そういう既存の音楽メディアへの不満がすごくあったので、新しい音楽メディアを ネットの方法論で作らなければだめだと思っていたんです。
ACROSS:TSUDA DAISUKE/津田大介さん “デジタルメディアがどう社会を変えていくのか”という興味が僕の原点ですより  

ナタリーはロッキンオンの広告至上主義に疑問を持った津田氏らが集まって立ち上げられたんですよ、と。この辺のことは、この本で詳しく書かれてた気がします。

未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか (中公新書ラクレ)
津田 大介,牧村 憲一

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  • 唐木氏が語るナタリーとロッキングオンの違い
そんなロッキングオンを反面教師として立ち上げられたナタリー。そのナタリーの編集ポリシーについて、唐木氏は、「『ナタリー的』とは『早い』『フラット』『ファン目線』の三つである」と前置きした上で、次のように語ってらっしゃいます。

唐木:公平性(フラット)っていうのはどっかに肩入れしないってこと。ナタリーは例えば、専門誌がよくやるような今月のオススメみたいのを持っていません。これは明確に「打ち出さない」ことを打ち出している(笑)。一般的に編集者やライターになりたい人って、自分の好きな物事を世の中に発信したい、っていう欲望を持ってる人が多いんだろうけど、そういう人はナタリーには合わないでしょうね。

田端:名指しすると、ROCKIN' ON的ではないと。

唐木:そう。だからロキノンは敵じゃないんですよ、やってることが違うから大げさにいえば別の業種だと思っています。
(中略)
レビューや感想文は読者の皆さんがブログやSNSでやればいい、そのときのソースにナタリーを貼って使ってくれれば本望、ということです。あとこういうメディアって、ほっとくと薦めてばっかりのテレビショッピングみたいになりがちなんだけど、それも我慢する。 

ナタリーは中立公平な音楽ニュースを、ROCKIN'ON は音楽ニュースと「オススメ紹介」を発信している。よって両者は土俵で戦っている、とおっしゃってます。
確かに言われてみれば、ナタリーの記事は、内容、文体いずれもニュース的なものが多く、ライブの感想だとか、CDのレビューだとかの記事を多く発信するROCKIN'ONとはそのあたりにかなり違いが感じられます。

そんな「オススメ」「感想」「レビュー」を「広告掲載ありき」で発信するROCKIN'ONという雑誌
広告掲載にお金を積めるアーティストだけを雑誌に掲載し、推す。そんな雑誌が現在の音楽シーンを引っ張る存在となっている。

…そりゃ「諸悪の根源」と言われても仕方がないでしょう。

  • それでも僕はROCKIN'ONが好きだ
それでも。それでもですよ。僕はROCKIN'ONが好きなんです。

僕は今23歳。ちょうどアンダーグラウンド(?)な音楽を聴き始めたのは、たいていの人たちがそうであるように高校生の頃。
僕が高校生だった6~7年前って、ロッキングオンがCOUNTDOWN JAPANを関西でやりはじめたり、ちょうど今のフェスブームの走りみたいな時期で、バンプ、アジカン、エルレ、ホルモンと言った、ゼロ年代の音楽シーンの礎となるようなバンドが一番元気だった時なんじゃないかと思います。

ちょっと想像してみて下さい。そんな時代に音楽の良し悪しなんてよくわからない、でもかっこいい音楽を知りたい、そんな世界に飛び込みたいと足踏みしている高校生が何をするのか。

言わずもがな、ROCKIN'ON JAPANを読む、そしてROCKIN'ON主催のフェスに行く以外にないでしょう。

別冊カドカワでもローリングストーンでもありません。アーティストの超かっこいい写真がバンバン載っかってて表紙もオシャレなROCKIN'ON JAPANを読む。これが僕たちの「かっこいい音楽」に対する欲望を満たす手段だったんです。その記事の裏にどれだけの金が動いてようが、記事の内容がどんだけ自意識過剰だろうが、そんなの関係ないんです。

この入口としてのROCKIN'ON JAPANが僕たち世代に、そして現在のフェスブームに果たした役割は本当に大きいと思います。
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そして僕は、その時の記憶を引きずって、未だROCKIN'ON JAPANを愛読しているのです。だって写真とかかっこいいじゃないですか。レコメンド記事も面白いし。


もちろんみんながみんなそうってわけじゃありません。ROCKIN'ON JAPANなんて読まず、そもそも音楽誌なんて読まず、自分でTSUTAYAに通って、YouTubeを巡って自分の世界を広げていく奴も多々いるでしょう。
あるいはROCKIN'ON JAPANを入口に、世界を広げてROCKIN'ON JAPANから卒業する奴も多々いるでしょう。

ネットがあってラジオがあって民法のテレビがあってスペースシャワーのような有料チャンネルがあって、そしてROCKIN'ON JAPANのような音楽誌があって。
僕らが音楽に触れる、その世界を広げる手段なんて、本当に無数にある。

ならば入口としてのROCKIN'ON JAPANは、これからも機能し続けるでしょうし、そうあるべきだと思います。


  • でも「広告載せないアーティストの記事は書かない」はだめっしょ
正直、広告がどうとかお金がどうとか、いちリスナーからしたらどうでもいいんですよね。入口として利用してる中高生なんて余計にそうでしょうきっと。

でもこの広告至上主義が事実だとすれば、ROCKIN'ON JAPANは数々のかっこいいアーティストの掲載を断念、っていうか蹴っ飛ばしてきたわけですよね。それはどうなんかなーと思ってしまいます。

さっきも書いたように、ROCKIN'ON JAPANがすべてじゃないわけで、世界を広げるツールは無数にあります。ROCKIN'ON JAPANに洗脳されてこの雑誌に載ってるアーティスト以外は聴かないあんてこともあり得ないでしょうきっと。
でもその入口として出会うであろうアーティストがそういう理由でフィルタにかけられてるっていうのは、いちリスナーとしてさみしい気がします。

ここまでこの辺を批判されているロッキングオン。もうちょっと柔軟になってもいいんじゃないでしょうか。

まあ読むんですけどね。