ASIAN KUNG-FU GENERATION (アジアンカンフージェネレーション)

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artist
■プロフィール
1996年に同じ大学に在籍していた後藤正文(Vo, G)、喜多建介(G, Vo)、山田貴洋(B, Vo)、伊地知潔(Dr)の4人で結成。渋谷・下北沢を中心にライブ活動を展開し、エモーショナルでポップな旋律と重厚なギターサウンドで知名度を伸ばす。2003年にはミニアルバム「崩壊アンプリファー」がキューンレコードから異例の再リリースとなりメジャーデビュー。同年「FUJI ROCK FESTIVAL '03」や「SUMMER SONIC 2003」などの夏フェスに出演し、メジャー1stアルバム「君繋ファイブエム」を発表。2004年には2ndアルバム「ソルファ」でオリコンウィークリーチャート初登場1位を獲得し、初の日本武道館ワンマンライブを行った。 (ナタリーより引用)
アジカン。
知的でありながらエネルギーとメッセージ性に満ちた日本語詞。ブラ―、オアシス、レディオヘッド、ベック、ニルバーナ等々、90年代の偉大なバンドにインスパイアされたのであろうザ・ギターロックなメロディ。

おそらく今の20代の音楽聴く人の大半にとってそうであるように、僕の音楽観の、ある種の礎を築いたアーティストの一人でございます。
並べて語ることの是非は置いといても、僕にとってはバンプレベルで影響されております。

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このアジカンに関しては、それこそファンサイト一つ立ち上げられちゃうくらい言いたいことたくさんあるんですが。
ここでは出されたアルバムを目安に、おおまかに時代を区切って解説したいと思います。分け方としてはこんなかんじ。

初期
「崩壊アンプリファー」~「君繋ファイブエム」
中期
「ソルファ」~「ファンクラブ」
後期
「ワールド ワールド ワールド」~「サーフ ブンガク カマクラ」
現在
「マジックディスク」~「ランドマーク」

  • 「衝動」の初期
だいたい2003年頃。彼らがメジャーデビューしてすぐくらいです。僕は中学1年生。

 
遥か彼方

今こうやって見ても、明らかにモノが違いますよね。勢いのまま突っ走ってるかんじがしますが、でも歌詞の端々には今のアジカンに通ずる知性も感じられる。
現状になんてとても満足できない。常に「もっともっと遥か彼方」に飛び出したい。どちらかと言えばクールなイメージのアジカンですが、デビュー当初は野心に満ち溢れていたことがわかります。

この心の底から魂を込めて叫んでるかんじは、良くも悪くも今のアジカンには決してないところですよね。
未だに「初期が一番」と主張するファンが多いことも頷けます。


  • 「ソルファ」の中期
ひどい言い草ですが、実際誰もがそういう認識なんじゃないでしょうか。彼らが今これだけ世に認知されているのはこのアルバムが爆発的ヒットを記録したから。
実際中学生だった僕が彼らを知ったのも「ハガレン」の主題歌だったこの曲がきっかけです。


リライト

このアルバムには他にも、シングル曲である「ループ&ループ」、「君の街まで」、「サイレン」のほか、「24時」「海岸通り」、「Re:Re:」などの名曲が数多く収録されてます。

  • 「メッセージ性」が顕在化する後期
「ソルファ」が売れに売れ、一躍メジャーアーティストの仲間入りを果たした彼ら。しかしずっとアンダーグラウンドの世界でやってきた彼らは、それに戸惑います。
ソースが見つからなかったのであれですが、ボーカルの後藤氏は、自身のブログかなんかで、「若い頃、有名になると同時に『お前らはロックじゃない』みたいな声が聞こえるようになり、それを真に受けて悩んだ時期があった」みたいなことを言っておりました。


それを踏まえてこの曲を聴くと、なんとも言えない気持ちになります。

   
転がる岩、君に朝が降る

「有名になること」「音楽を作るということ」に悩み苦しんだ末に彼らが作った曲がこれ。
最高にかっこよくないですか?

「出来れば世界を僕は塗り替えたい
戦争をなくすような大それたことじゃない
だけどちょっとそれもあるよな」
「俳優や映画スターには成れない
それどころか君の前でさえも上手に笑えない
そんな僕に術はないよな」

「何を間違った?
それさえもわからないんだ
ローリング ローリング
初めから持ってないのに胸が痛んだ」

僕はこの歌詞を見て、完全にアジカンを神とあがめるようになりました。


この時期のアジカンを代表する曲といえば、これもあります。


ムスタング

「鮮やかな君の面影も僕は見失うかな
窓をたたくような泣き虫の梅雨空が日々を流す」

もう、なんなんでしょうかね。切ない。でもなにかせねば、動かねばと衝動に駆られるこのかんじは。
「喪失」を歌う曲でありながら、聴いた後にちゃんとポジティブな気持ちになれる。で、タイトルが「ムスタング」ですからね。そこで力強さみたいのも感じます。


てなかんじでですね、この中期以降、アジカンは明確に「メッセージ」を意識したと思われる曲が数多く発表するようになります。僕はこれが非常に素晴らしいことだと思うんです。

ただ言いたいことを伝えるなら、小説でも漫画でも、映画でもできます。でも例えばこの「ムスタング」から伝わる「切なさ」「喪失感」に重ねた「力強さ」のような感覚は音楽だからこそこれだけダイレクトに伝わってくるもので。

アジカンはこの辺に対してひたすらに真摯なんだろうなあと素人ながら考えてしまうのであります。彼らの曲が神々しさと帯びてきたのはこの辺りなんじゃないでしょうか。

  • 明確な「メッセージ」を発信する現在
そんな「メッセージ」をより具体的に表すようになったのが「後期」以降。
それを高らかに宣言するかのような一曲がこれです。

 
新世紀のラブソング

人は愚かで過去を引きずって生きる。それでも新しい時代を作らなきゃいけない。そこに足を踏み出さなきゃいけない。
そんなメッセージが「ドンッドンッ」というパーカッションと共に体の芯まで沁みこんできます。

曲調、歌の載せ方が明らかにこれまでのアジカンのそれと異なるところからも、アジカンの決意というか、新章に突入したことを告げていることがわかります。
実際にこのアルバムはもちろん、次作の「ランドマーク」でも、「さよならロストジェネレーション」や「アネモネの咲く春に」など、若者に、社会に何かを訴えかけるような曲が多々収録されています。

その背景には、アジカンの後藤氏が「ミュージシャンによる社会貢献活動」についてかなり明確な意思を持って動いていることがあるんでしょう。
反原発を謳ったフェス、「NO NUKES」に2年連続で出演したり、「新しい時代のこと。これからの社会のこと。未来を考える新聞」という副題がついたフリーペーパー、The Future Timesを自腹で創刊したりしてることからもそれがわかります。


「MUSICA」9月号に掲載されていた、ストレイテナーのホリエ氏との対談で、ゴッチ氏が「昔ホリエ君に、『ゴッチは現代の忌野清志郎になるべきだ』と言われた。その時はよくわからなかったけど、今はそういう意思を持って動いている」みたいなことを言ってました。

衝動のままに突き進んで魂を叫び、それが世に認められ、試行錯誤を繰り返した結果、「社会貢献」「時代を作ること」が自分の使命だと考え、それを全うする。

なんてかっこいいアーティストなんでしょうかねえ……。


この時代の分け方は、完全に僕の独断と偏見なんですが、僕が「現在」と位置付けた「マジックディスク」以降のアルバムは、間違いなく初期のアジカンとは全く違った魅力を持っています。
こういうことを考え抜いて、悩みぬいた結果としてやれるアクティブさが、僕には本当に魅力的に映るのであります。故に僕にとって特別なバンドと言えるのです。